「PDFにしたら文字がおかしい」系のトラブルの原因は、ほぼすべてフォント埋め込みです。 そして確認は簡単にできます。この記事では、症状別の見分け方→確認手順→対処法の順で、あの「せっかく選んだ美しい明朝体がPDFで裏切られる現象」を解体します。
こだわって選んだフォントで組んだ原稿。画面では完璧。よし入稿だ、とPDFにしてみたら——
「……なんか、フォント違わない?」
「なんか文字が太い? 粗い? 気のせい?」
「PDF内で検索したら1件もヒットしないんだけど、不安がすごい」
ぜんぶ、フォント埋め込みまわりの現象です。あなたのせいでも、フォントのせいでもありません。
まず「埋め込み」ってなに?
PDFは「どの環境で開いても同じに見える」ためのファイル形式ですが、それはフォントのデータをPDFの中に同梱している(=埋め込んでいる)場合の話です。埋め込まれていないPDFは「このフォントで表示してね」という名前だけを持っていて、開いた側のパソコンにそのフォントがなければ、手近な別のフォントで代替表示されます。
あなたのPCでは完璧に見えるのに(だって本人がフォントを持っているから)、印刷所のマシンでは別の書体になる——未埋め込みPDFはこの時限爆弾を抱えたまま旅立つわけです。だからほぼすべての印刷所が「フォント埋め込み必須」を入稿条件にしています。
一
症状別診断
症状①「フォントが別物になった」→ 埋め込まれていない
上で説明した代替表示です。原因は、書き出し設定で埋め込みがオフだったか、そもそも使っているソフトがそのフォントを埋め込めなかったか。後者が今回の本題です(後述)。
症状②「検索できない・コピーすると文字化けする・ファイルがやたら重い」→ 文字が「図形」になっている
これが厄介なやつです。一部のソフトは、埋め込みがうまくできないフォントに出会うと、エラーを出す代わりに文字を「文字」ではなく「図形の集まり」としてPDFに描きます。見た目はそれっぽく保たれるので、画面チェックでは気づきにくい。でも中身はもう文章ではなくて、線と塗りの集合です。
その結果:
- PDF内でテキスト検索してもヒットしない(文章が存在しないので)
- コピペすると空白や謎の記号になる
- ファイルサイズが不自然に膨らむ
- 環境によっては表示や印刷の品質が不安定になる
- 印刷所のデータチェックで「フォントが正しく埋め込まれていません」系の指摘を受けることがある
「画面では普通に見えるのにデータチェックで引っかかった」の正体は、たいていこれです。
症状③「ギザギザ・粗い」→ 画像化している
ソフトや書き出し設定によっては、ページ全体や文字が画像(ビットマップ)として書き出されることがあります。こうなると拡大でジャギーが出て、印刷でも文字の輪郭が甘くなります。小説は文字がすべての本なので、これは避けたい事態です。
二
「OTFよりTTFが無難」という通説の真相
同人誌組版界隈を検索していると、「フォントはTTF版を使うのが無難」「OTFはトラブルが出ることがある」という書き込みに出会います。おまじないみたいに言われていますが、これは迷信ではなく、ちゃんと実在する現象の話です。
フォントにはTTF(TrueType)とOTF(OpenType)という形式があり、中身の設計方式が違います。そして——ここが核心なのですが——世の中の身近なソフトの多くは、OTF系のフォント(正確にはその中のPostScript系と呼ばれる作り)を、PDFに正規の方法で埋め込むのが苦手です。
- Wordは一部のOTFフォントを埋め込めません。Microsoft自身が「埋め込みたければTrueTypeフォントを使ってください」という趣旨の案内をしています
- 埋め込めないとき、ソフトは黙って症状①(未埋め込み)や症状②(図形化)に落とします。エラーで止まってくれないのが罪深いところ
つまり「TTFが無難」の正体は、フォントの優劣ではなく、身近なソフト側の埋め込み機能の限界です。OTFは悪いフォント形式ではありません。むしろプロ向けの美しい明朝体はOTFで出ていることが多く、商業の組版ソフト(InDesignなど)はOTFを何の問題もなく正規に埋め込みます。同じフォントでも、通すソフトによって「正規に埋め込まれる」か「図形に化ける」かが分かれる。それだけの話なのです。
憧れのあの明朝体(OTF)を使いたいだけなのに、ソフトの都合で選択肢から消えてしまう可能性。しかも有償フォントを買ったあとに気づくという悲劇を開発者は通りました。組版の選択肢は実質InDesign一本という状況で、なにせ日本語の組版ソフトは他の選択肢がなかったんですよね。
三
自分のPDFを3分で確認する手順
無料のAdobe Acrobat Readerで確認できます。
- 書き出したPDFをAcrobat Readerで開く
- メニューから 文書のプロパティ を開く(Ctrl+D)
- 「フォント」タブを見る
見るポイントは2つです。
- フォント名の横に「埋め込みサブセット」とあれば、そのフォントは正しく埋め込まれています。ここに何も書いていない(埋め込み表記がない)フォントは未埋め込み=症状①予備軍
- フォントの「種類」に「Type 3」と出ていたら、それは症状②の図形化が起きているサインです。正常な埋め込みでは「TrueType (CID)」や「Type 1 (CID)」などと表示されます
あわせて、PDF内でテキスト検索をしてみてください。本文の適当な一節を検索してヒットしなければ、文字が図形になっています。
ちなみに「サブセット」というのは「使った文字のぶんだけ抜粋して埋め込む」という意味で、これが正常です。フォントまるごと埋め込むとファイルが巨大になるうえ、フォントの規約的にも抜粋埋め込みが前提になっていることが多いので、サブセットと出ていたら安心してください。
四
で、どうすればいいの(対処法)
現実的な選択肢は3つです。
対処1: TTF版があるフォントを選ぶ
いま使っているソフトを変えたくないなら、これが最短です。フォントによってはTTF版とOTF版の両方が配布されています。ただし「使いたいフォントにTTF版がない」場合、この道は詰みます。フォントに合わせて妥協するのは、字書きとしてはちょっと悔しい。
対処2: OTFを正規に埋め込めるソフトで組む
InDesignをはじめとする商業組版ソフトは、OTFを正しく埋め込めます。フォントの選択肢を諦めない道ですが、価格と学習コストという別の山が待っています。
対処3: 縦書き小説用の組版ソフトを使う
小説同人誌向けの専用ツールの中には、OTFの正規埋め込みに対応しているものがありますが、していないものもある……Telaはしています。OTFで買ってしまったイワタ明朝体オールドを腐らせるわけにいかないからね、絶対OTFも埋め込めるソフトを作ってやると頑張りました。何を使うにせよ、判断基準は「書き出したPDFをAcrobatで見て、埋め込みサブセットと表示され、Type 3が出ていないこと」。この記事の確認手順が、そのままソフト選びの試金石になります。
よくある質問
Q. 画面で普通に見えていれば大丈夫ですよね?
いちばん危ない考え方です。未埋め込みPDFは「フォントを持っている本人の画面」では完璧に見えます。図形化PDFも見た目は保たれます。見た目ではなく、Acrobatのフォント情報で判定してください。
Q. 印刷所のデータチェックが通れば問題ないのでは?
データチェックの目的は「印刷事故を防ぐこと」なので、図形化PDFでも印刷自体は通ることがあります。ただ、文字の再現品質は本来の埋め込みに劣る場合がありますし、なによりトラブル時の切り分けが難しくなります。自衛としての確認をおすすめします。
Q. 無料フォントは埋め込みできないんですか?
できるものがたくさんあります。埋め込みの可否はフォントの「ライセンス(規約)」とソフトの「機能」の2つで決まり、たとえば源暎こぶり明朝のような同人定番フォントは規約上埋め込みOKです。規約OKなのに埋め込まれない場合、原因はソフト側です。
Q. もう入稿しちゃったんですが…
印刷所のデータチェックから連絡が来ていなければ、多くの場合そのまま進みます。もう祈るしかない。次の本から確認手順を組み込みましょう。本づくりは数打ってなんぼみたいな側面も強いので。