結論から言うと、小説同人誌の原稿データ作りは「本文を書く→本のサイズに流し込む→PDFにする→印刷所のルールに合わせる」の4ステップです。 特別な資格も、高いソフトも、デザインの才能もいりません。ただし独特の専門用語と「知らないと詰まるポイント」がいくつかあるので、この記事ではそれを最初から順番に、ぜんぶ説明します。
「小説を書き上げた。せっかくだから本にしたい。記念の自分用一冊だけでも……で印刷所のサイトを開いたら……塗り足し? トンボ? PDF/X-1a????」
でブラウザをそっと閉じたことのある人、大丈夫です。ここはそういう人のための記事です。
そもそも「原稿データ」ってなに?
印刷所にわたすファイルのことです。小説同人誌の場合、最終的には本文まるごと1つのPDFファイル(+表紙のデータ)になるのが一般的です。
つまりゴールは明確で、「印刷所のルールに合ったPDFを1個作る」。これだけです。WordだろうがメモアプリだろうがGoogleドキュメントだろうが、書くのは好きな場所でかまいません。最後にちゃんとしたPDFになれば、印刷所は文句を言いません。
一
本の仕様を決める
データを作る前に、3つだけ決めます。あとから変えると原稿を作り直しになってしんどいので、ここだけは先に。まあ、時間さえあればいくらでも作り直せますけどね。(時間さえあれば……
判型(本のサイズ)
小説同人誌の定番はこの3つです。
- 文庫(A6): 商業文庫と同じサイズ。「文庫で出したい」という憧れ需要が根強い定番。1ページに入る文字数が少ないので、ページ数は膨らみがち
- 新書(B6寄り)/B6: 文庫よりひとまわり大きい。文字も詰められて読みやすく、ページ数と価格のバランスがいい
- A5: 二段組にする人が多いサイズ。長編をページ数を抑えて出したいときに強い
迷ったら、自分の本棚から「この本みたいにしたい」と思う同人誌や商業本を1冊出してきて、そのサイズを測るのが一番はやいです。憧れは仕様書になります。
ページ数
印刷所の製本の都合で、本文ページ数は4の倍数(印刷所によっては8の倍数)が基本です。中途半端に余ったページは、あとがきや奥付でおいしく使えるので心配いりません。
綴じ方向
縦書き小説は右綴じです。ここを間違えると洋書みたいな向きの本が届きます。印刷所の注文画面で選ぶだけですが、原稿データのノンブル(後述)の位置にも関わるので、頭の片隅に。
二
「組版」という工程を知る
書き上がった原稿を、決めた判型のページに流し込む工程を組版(くみはん)と呼びます。ここが小説同人誌づくりの本体で、そして最初の関門です。
というのも、普段Wordやスマホのメモで見ている文章と、本の紙面は別物だからです。商業の文庫を開いてみてください。
- 読みやすいフォントと文字サイズ(最近の商業文庫は大きめの9ptくらいが多い)
- 行頭に「、」や「。」が来ない(禁則処理)
- 段落の頭は1字下がっている(字下げ)
- 「……」は必ず2マス分でつながっている
- ページの上下左右に、ちゃんと余白がある(版面設計)
- どのページも行がきれいに揃っている
これ、ぜんぶ「誰かが設定した結果」です。そして初めての人がつまずくのはだいたいここ。「書くソフト」と「組むソフト」は別の仕事だと知っておくと、この先の話が全部すっきりします。
組版の手段は現状、大きく4択です。
- Word・一太郎で頑張る: Wordは手持ちのPCに入っていれば追加費用ゼロで始められる道。ただし縦書き・ルビ・PDF品質のあたりに落とし穴が点在します。一太郎は縦書きに強い日本語ワープロですが、こちらは買い切りの有料ソフト(数万円)なので「タダで済む道」ではありません
- InDesign: 商業品質の王様。ただしサブスクで年間数万円+学習コストがそれなりに重い(使い方がわからなすぎて初見殺し)
- Web上の組版サービス: 手軽。凝った調整やフォントの自由度には限界がある
- 組版専用ソフト: 縦書き小説に特化したツールを使う(Telaもここです)
どれが正解ということはなく、「今回の本にどこまでやりたいか」で選ぶものです。この記事では手段を問わず共通する知識を先に固めます。
三
印刷所の用語を翻訳する
入稿ページで固まる原因の9割はここなので、まとめて翻訳します。まずは全員に関係あるものから。
ノンブル
ページ番号のことです。ただの飾りではなく、製本工程でページの順番を確認するための業務上の必需品なので、多くの印刷所で「全ページに必須」とされています。「デザイン的に入れたくない…」という場合も、綴じ側の目立たない位置(隠しノンブル)なら許容する印刷所が多いです。これも各社の入稿仕様に書いてあります。
安心してほしいのは、ノンブルは手で打つものではないということ。組版ソフト側で「位置と開始番号」を設定すれば全ページに自動で入ります。500ページの大作でも打ち込み作業はゼロです。
奥付(おくづけ)
本の最後に入れる「発行日・発行者(サークル名/ペンネーム)・連絡先・印刷所名」のページです。同人誌の慣習であり、発行責任を明確にするためにも必須です。連絡先はメールアドレスで大丈夫。
塗り足し(ぬりたし)
先に言っておくと、文字だけの小説本文なら「塗り足し不要」という印刷所も最近は増えています。あなたの使う印刷所の仕様ページを見て、書いてあったらこの項を読んでください。
紙は印刷後に断裁(カット)されますが、機械の断裁には髪の毛数本ぶんのズレが必ず出ます。もし絵や色がページの端ぴったりで終わっていると、ズレたとき紙の白がチラッと見えてしまう。それを防ぐため、仕上がりサイズより外側に3mmほど余分に伸ばしておくのが塗り足しです。
小説本文は余白の内側にしか文字がないので、実は本文ではあまり出番がありません。ただし印刷所によっては「塗り足し込みサイズのデータをください」と指定してくるので、データのサイズ設定として知っておくと固まらずに済みます。文庫(105×148mm)なら、塗り足し込みで111×154mmのデータ、という具合です。
トンボ(トリムマーク)
これも塗り足しと同じく、不要という印刷所が増えているものです。指定があったときだけ思い出してください。
「ここで断裁してください」という位置を示す、四隅と辺の中央に付くカギカッコみたいな線です。印刷所によって「トンボ付きで」「トンボなしの塗り足し込みサイズで」と指定が分かれるので、入稿仕様のページを読んで従うが正解です。自分で描くものではなく、ソフトの書き出し設定で付けるものです。
四
フォントの話(TTFとOTF、埋め込み)
さらっと流されがちですが、小説同人誌の見た目の8割はフォントと組版で決まるので、ここは少しだけ踏み込みます。
フォント埋め込みとは
PDFには「フォントを埋め込む」という概念があります。埋め込まれていないPDFは、開いたパソコンに同じフォントがないと別のフォントに勝手に置き換わって表示・印刷されます。つまり埋め込みナシ=あなたの美しい明朝体が、印刷所のマシンで謎のゴシックに化ける可能性がある、ということ。本文フォントの埋め込みは必須です。ほぼすべての印刷所が入稿条件に挙げています。
TTFとOTFってなに
フォントファイルの形式です。TTF=TrueTypeフォント(トゥルータイプ)は1990年ごろにAppleとMicrosoftが作った古参の形式。OTF=OpenTypeフォント(オープンタイプ)はそのあとAdobeとMicrosoftが作った新しめの形式で、文字の輪郭の描き方(数学的な曲線の種類)が中身で違います。プロ向けの美しい明朝体はOTFで出ていることが多い——くらいの理解で十分です。
普段は意識しなくていいのですが、同人誌界隈で「OTFはPDFにするとき問題が出ることがあるからTTFが無難」という通説を見かけたら、それは迷信ではなく実際にWordなどの書き出し経路で起きる現象の話です(詳しくはフォント埋め込みのはなしで解説しています)。
さしあたり覚えておくことは2つ。
- 書き出したPDFのフォントがちゃんと埋め込まれているか確認する
- フォントにはライセンスがある。「PDFへの埋め込み・商用利用が可能か」はフォントの利用規約で確認する。無料フォントでも埋め込み可のものはたくさんあります
本文フォントのおすすめ
無料でいくなら:
- 源暎こぶり明朝: 同人小説の本文フォントとしては事実上の定番。小説本文のために調整されていて、埋め込み・商用利用OK。迷ったらこれ
- しっぽり明朝: オールドスタイルの柔らかい雰囲気。オープンライセンスで埋め込み可
- 源ノ明朝(Noto Serif JP): AdobeとGoogleが作ったオープンソース明朝。癖がなく堅実
予算を出せるなら:
- イワタ明朝体オールド: 商業文芸で長年使われてきた風格ある明朝。「あの文庫の雰囲気」の正体がこれだったりします
- モリサワのフォント(リュウミン、A1明朝など): 商業出版の本文の王道。サブスク(Morisawa Fonts)で使えます
※いずれも購入・利用前に、最新の利用規約で「PDF埋め込み可」「同人誌(商用)利用可」を必ず確認してください。規約は変わることがあります。
「フリーフォント入れすぎ問題」
はじめての本づくりでテンションが上がると、タイトルも本文もあとがきも全部ちがうフォントにしたくなりますが、本文は明朝体1種類が基本です。商業文庫もそうなっています。凝るのは表紙と扉だけ、と決めると一気に「本っぽく」なります。
五
PDFに書き出して、確認する
組版が終わったらPDFに書き出します。そして入稿ボタンを押す前に、必ず自分の目で確認します。チェックリストを置いておきます。
- サイズは印刷所の指定どおりか(塗り足し込み? トンボ付き?)
- ページ数は4(or 8)の倍数か
- 全ページにノンブルが入っているか
- フォントは埋め込まれているか(Adobe Acrobat Readerの「文書のプロパティ→フォント」で「埋め込みサブセット」と出ればOK)
- 行頭に「、」「。」が来ているページはないか
- ルビ(ふりがな)のズレ、数字が横に倒れている箇所はないか
- 奥付は入っているか
- 1ページ目から最後まで、原寸表示で一度めくる(これで事故の大半は見つかります)
印刷所によっては入稿後に「データチェック」をしてくれますが、見てくれるのは印刷できるかどうかであって、ルビのズレや行頭の句読点のような組版の中身は誰も見てくれません。そこはあなたの本の品質としてあなたが守る領域です。……と書くと孤独で心細い感じがしますが、逆に言えば、チェックリストさえ通せば本は出来上がります!
よくある質問
Q. 原稿は何で書けばいいですか?
好きなもので書いてください。執筆と組版は別工程なので、書くのはスマホのメモでもWordでもなんでもよく、最後に組版の工程を通せば本になります。
Q. 表紙も自分で作るんですか?
本文とは別データで、こちらは画像(またはPDF)です。小説書きにとって最大の外注ポイントで、デザイナーさんに依頼する、印刷所の表紙テンプレート・セミオーダーを使う、文字だけで潔く組む、の3路線があります。文字だけ表紙は商業でも普通にある立派なデザインです。
Q. 何ページから本になりますか?
印刷所の最低ページ数は多くの場合、本文8ページ〜。短編1本のペラい本も、それはそれで愛おしい造形になります。遠慮なく作りましょう。自分にとっては宝物になるので。
Q. 締切ギリギリに入稿してもいいですか?
印刷所の締切は守れば大丈夫ですが、データ不備で差し戻されると再入稿の時間が要るので、チェックリストを通す余裕だけは残しておくのを強くおすすめします。完徹してからの早朝の入稿作業は、判断力が半分になった状態での精密作業です……(経験者は語る)。
Q. 結局いちばんの難所はどこですか?
執筆でも入稿ボタンでもなく、組版です。ここだけは「知識」と「道具」の両方が要ります。このサイトのコラムとTelaは、その難所をなるべく誰でも迷わないよう簡単に!を目指して作りました。